金沢工業大学ミライバ(9月期レポート)
金沢工業大学が推進するSTEAM教育*1の一環として、プロジェクト型のリベラルアーツ科目「金沢工大ミライバ(以下、ミライバ)」が本年8月からスタートしました。ミライバでは、学科混成の学部1、2年生34名を対象に、心理科学科、メディア情報学科、五十嵐威暢アーカイブ/デザインアートラボ、プロジェクトデザイン基礎教育課程、建築学科の教員らが関わり、人文・社会・科学技術に関する石川県下の複数の美術館・博物館等を訪問しながら、実行力を伴うアート型の問題解決能力の醸成を目指しています。来年の2月末まで、7か月間にわたって実施される予定です。ここでは9月期に夏季集中講義として、9月11日~13日の3日間にわたり実施したミライバのレポートを兼ねて、その様子を簡単に紹介したいと思います。
*1 STEAM教育: STEM「科学(Science)」「技術(Technology)」「工学(Engineering)」「数学(Mathematics)」に「芸術・リベラルアーツ(Art)」を加え、5つの分野を統合的に学ぶ教育のこと。
初回から第3回授業までのミライバは、その導入として、本学五十嵐威暢アーカイブ、そして、石川県立美術館、国立工芸館を訪問し、現地施設でのレクチャーやワークショップを通じて、主に美術作品に特化した対話型鑑賞を行いました(8月期の活動の様子(掲載記事))。
これに続く、第4回授業から第6回授業では「建築」に焦点を当てています。3日間を通して、金沢工業大学本館(1号館)、西田幾多郎記念哲学館、大野からくり記念館の3か所を巡りました。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 第4回授業 9月11日(水)10:35-12:15 金沢工業大学本館(1号館) 第5回授業 8月12日(木)10:35-16:50 西田幾多郎記念哲学館 第6回授業 8月13日(金)10:35-16:50 大野からくり記念館 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
~建築分野への誘い(第4回授業)~
本科目は学科混成ということあり、建築学科の学生は4名しかおりません。そこで、建築分野への誘いとして、まずは「①「空間」という言葉を普段使うのはどんな時か」「②「建築」と「建物」の違いとは何か」という二つのお題を出して、自由に考えを述べてもらうことから始めました。
そして、普段自分たちが使う「空間」の言葉遣いと、建築家たちが使う「空間」の言葉遣いの違いを提示し、続いて「建築」と「建物」の違いについて考えを巡らせていきました。
建築家が「建築」に取り組むモチベーションとは何なのか。建築に対するアプローチの多様性や、作品としての価値が生み出される要素とは何なのか。
このほかにも、日本の「建築」が工学系から出発し、主にその中で展開してきたことや、それによって、多くの人々にとって「建築」が通常功利的なものとみなされ、美的な鑑賞対象として敷居が高く感じられていることなどにも触れ、建築鑑賞によって「建築を市民に開く」取り組みを行っている国内外の事例などを紹介しました。「建築鑑賞」という新しい世界について理解を深めました。「建築鑑賞」という言葉を初めて耳にした学生がほとんであったと思いますが、日本国内でも、実は比較的最近になって使用され始めた言葉です。一般市民向けのイベントから専門教育の現場まで、さまざまな方面で「建築鑑賞」の試みがなされています。そのような中で、建築学科の学生だけでなく、リベラルアーツ科目として全学科学生を対象とした教育プログラムに「建築鑑賞」を取り込むことは大変珍しいことだと思います。
金沢工業大学本館(1969/現 1号館)
初日は、建築家・大谷幸夫が設計した金沢工業大学本館(1号館)を見て回りました。本学のキャンパスは、「金沢工業大学キャンパス北校地」全体が「1982年(第34回)日本建築学会作品賞」を受賞しているほか、2019年には、DOCOMOMO Japanの「日本におけるモダン・ムーブメントの建築226選」に選定されるなど、日本を代表する建築作品のひとつとして知られています。本格的な建築鑑賞を、そのような大学キャンパス内で行えることは、大谷幸夫からの世代を超えた贈りもの。幸運なことです。
教室を出て1号館に向かう前に、1号館と2号館(当時は土木学科棟)が1969年に建った際の時代背景や周辺環境、大谷幸夫が1号館の空間構成や将来を見据えたキャンパス計画に込めた思いを、当時発表された雑誌記事、作品集などに掲載されたテキストや写真、図面、計画図、ダイヤグラムなどを見ながら解説しました。
大谷幸夫が撮影した写真の中には、田んぼの中に突然降り立った宇宙船のような1号館も。その畦道に学らん姿の学生がひとり。毎日、泥まみれになりながら田んぼの畦道を歩いて通い、周辺に何もない環境であった当時、如何に1号館の内部空間が大学の人びとにとってかけがえのない交流と憩いの場であったか。当時の空中写真と見比べて、今のキャンパスや周辺環境の違いを探してみたり、1970年代の古い卒業アルバムなどを見ながら、1969年にタイムスリップした気分で1号館に向かいました。
なぜ廊下と教室の配置が十字になっているのか。なぜ廊下の端部が掃き出し窓(バルコニーに出入りできる、床面まで開口部がある背の高い窓)になっているのか。床のPタイルの色の違いの意味とは。手摺の長さが必要以上に長いのはなぜか。大谷幸夫が「アルコーブ」と呼んだ小さな窪みに入ってみたり。下駄箱があった場所と地下道の入口との関係。戸室石を混ぜた人造石でできた壁面の小叩き仕上げ。コンクリートの肌の違いを見比べてみたり。柱を45度振っている理由を想像してみたり。などなど…竣工当時の平面図を片手に、当時と現状の違い、そして当時はどのような関係性を生み出そうとして、あるいは、将来像を描いて設計していたのか。ひとつずつ解説しながら見て回りました。
フィードバックコメントを見る限り、多くの学生が、いつもは何気なく使っていた1号館の違う側面に触れることができ、新しい発見があったようです。
そして、1号館での建築鑑賞では、後半の時間帯を自由時間として、各々のスマホのカメラで、ここに「空間」を感じた!という場所を撮影してきてもらいました。
カメラのフレームで切り取ることが自らの解釈を生み出すことにもなり、まずはカメラの眼を手に入れるというのが狙いでしたが、翌日の発表では、自分とは違う視点があることに気づく良い機会になったようです。
石川県西田幾多郎記念哲学館(設計:安藤忠雄)の最奥部にある「空の庭」
2日目は、貸切バスに乗り、「石川県西田幾多郎記念哲学館」に向かいました。
哲学者・西田幾多郎(1870-1945)の郷里である、かほく市の丘陵地の斜面に建つ県立の記念館で、安藤忠雄の設計により2002(平成22)年に竣工しました。
安藤忠雄は、西田幾多郎記念哲学館の設計について、「西田幾多郎は、いわゆる旅行というものは、国内を含めて、ほとんどしなかった。弟子たちがヨーロッパに留学したことに比べて、また、和辻哲郎とも対照的であった。」*1と言っています。そして、「自身の内からあふれ出す思弁を追いかけて、壮大な哲学を残した西田の思想は、たとえ物理的な移動もなくひとつの場所にとどまっていても、自分の内面を深く覗き込むことで、世界の無限の広がりへと「旅」できることを教えてくれる」*2と、その設計趣旨の中で述べています。 *1 安藤忠雄、大橋良介「対談 考えることと作ること」(「点から線へ」2002年4月号)より抜粋*2 安藤忠雄建築研究所「石川県西田幾多郎記念哲学館」(「新建築」2003年11月号)より抜粋
フィジカルに国内を旅して『古寺巡礼』を著した和辻哲郎と「心の旅」を続けた西田幾多郎。そのような西田哲学の思索の旅を体現するかのように、西田幾多郎記念哲学館の最奥部にある「空の庭」へと至るアプローチの随所に、さまざまな建築的装置が散りばめられています。
また、現地では2班に分かれて、哲学館の学芸員による「哲学入門の講話」と「哲学対話の体験」を交互に行いました。
3日目も貸切バスに乗り、金沢港の近くにある「石川県金沢港大野からくり記念館」へと向かいました。
大野からくり記念館は、幕末期に活躍した発明家で「加賀の絡繰師」と呼ばれた大野弁吉(1801-1870)の業績を紹介する施設です。彼の発明品とともに、近代技術の黎明期を象徴するからくり装置の世界が展示されています。
設計は、内井昭蔵(1933-2002)。1996(平成8)年に竣工しました。
記念館が位置する大野や金石は、北前船の寄港地として栄えた歴史ある港町。大野弁吉のパトロンでもあった豪商・銭屋五兵衛が活躍した地としても知られています。内井昭蔵は、今日では一般的なCADにる設計システムを事務所内にいち早く構築し、北前船をイメージしたという楕円形の展示棟は、円形より複雑な楕円という形態処理に挑戦したCAD黎明期の意欲作でもあります。
現地では、佐藤館長による絡繰人形の実演や装置の解説などに熱心に耳を傾けていました。
3日目の事前学習では、出発前に「インターネット上の情報」を活用して「大野からくり記念館」のイメージをコラージュし、パワーポイントにまとめました。その後、実際に現地を訪れて「現地での体験や交流」を通じて新たに得たイメージを反映させ、出発前のものと比較しながら、各グループごとに発表を行いました。
最終的な公開授業に向けてのケーススタディとして、「インターネットとの対話」と「実際に現地を訪問しての対話と交流」によって得られるものの違いを可視化することで、実際の探訪を通して深まる理解を把握することが目的のひとつでしたが、中には、さらに初日・2日目の「建築鑑賞」で得た感覚を取り入れ、独自の視点で大野からくり記念館を解釈しようと試みる学生もいました。各々が訪問先で得た刺激を基に、イマジネーションを膨らませ、独自の視点で表現しようとする姿が見られました。
3日間にわたり夏季集中講義として実施した夏のミライバ。今後も来年の2月まで続いていきます。
勝原